曖昧
再々々:「楽しいつづり方」。
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今回は文章を曖昧にする方法について学んだ。これもここ一発で使えるようにしておくと強いために覚えておくもので、決して連発しようとしたものではないのです。~と前置きして。
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・「ような」「みたい」で曖昧にする
(曖昧ゆえに「何かある」と思われ、好意を持たれるみたい)
→午前みたいな7時45分には警視みたいな庁と北沢みたいな署の捜査員みたいな4人が応援のためみたい本部の中に入ったみたい。
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・比喩だらけにして曖昧にする
(シュールレアリズムに比べ、ずっと曖昧で詩的)
→クモの巣のような土地取得のスリのような所有権移転登記の際、実質はリスのような売買なのに「スリッパみたいな贈与」と記載したパンのような疑いも持たれている。
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これらは本書の性格上、ある程度予測できた内容でもある。ただ、次の一点は盲点を突かれた思いがして、最高に実用したいとも思える例になった。
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・それを逆にする
→波野村であるラーメン村
①「BであるA」とは「AはBである」のこと。
②「B=A」=「A=B」
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この例文の「波野村であるラーメン村」は、もともとは「ラーメン村である波野村」のこと。つまり、例えが本家を超越したといえ、教育実習同期:美術曰く「コピーがオリジナルを超えた瞬間」の具現でもあるのです。しかも、それを自分は本書を手にする前から本能的に実践していたことになり、「曖昧」についてはトップレベルのセンスを持っていたと言えるのです。いわば「のまのま=曖昧」という『曖昧の性質が満載ののまのま』といったマイナスイメージが、「曖昧=のまのま」という『曖昧といえばのまのま』といった具合に、一気に曖昧の代表格に上り詰めることとなった。日本代表GKといえば楢崎!みたいに、極めてプラスイメージに変化した瞬間でもあるのです。
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…着実に「つづり方」を習得できているみたい。
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